神様に先んじて応えるのは僭越ですし、誤っているかもしれないので恐縮するのですが、・・・・・ 「適当な場所」とは「マス目の位置」を示しているのですね。当初はプログラムに「背理法を組込む位置」を想像してしまいました。 新しく、「場合分けとかして」「場合分けを2重、3重にして」との言葉が追加されました。が、とりあえず「背理法」についての私の考えを聞いてください。多分同じことを考えているのではないかと思いますが意識のすり合わせが必要だと感じました。 Wikipediaには「ある命題 P を証明したいときに、P が偽であることを仮定して、そこから矛盾を導くことによって、P が偽であるという仮定が誤り、つまり P は真であると結論付けることである」とあります。 これをイラストロジックの解法に適用すれば、「適当な場所Aを塗りつぶすと仮定して、そこから矛盾が導かれればAは塗りつぶさないと結論付けられる」と言えます。この手法で問題なのは、矛盾が導かれなかったとしてもAは「塗りつぶす」が正解とは結論付けられない点にあります。仮定の上に仮定を重ねると適当な場所Aを「塗りつぶさない」と仮定することも必要になります。ただし、背理法で解ける[初級]レベル以下の問題はこの限りではないはずです。 「適当な場所Aを塗りつぶす」と仮定した結果を、B@全てのマスが確定したBA手詰まりになったBB矛盾が生じた。 「適当な場所Aを塗りつぶさない」と仮定した結果を、C@全てのマスが確定したCA手詰まりになったCB矛盾が生じた。 とした場合、BとCの結果を併せた総合判断が必要になります。 最後に、間違っているかもしれませんが「適当な場所」については次の様にしています。全てのマスを対象とすれば見逃しがないのかもしれないが、処理時間が膨大となるため、「辺に接しているマス」と「確定マスに接しているマス」とする。ただし、背理法で解ける問題については全てのマスを対象とする。
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